Moonlight scenery

        “For you.”
 

 


 太陽に愛されし王子という愛称にて、家族である王族の皆様からは元より、多くの国民たちからもそれはそれは大切にされ愛されている、無邪気で腕白でお元気な王子様。東方の王国から嫁いで来られ、聡明さと慈悲深さを愛されながらも早くに薨
みまかられた王妃様から譲られた、真っ黒な髪に、表情豊かな大きな瞳。ふかふかに柔らかな小鼻に頬っぺに。いつだって溌剌とした笑みをたたえている口許は、我流のお歌を紡ぐのがお得意で。お傍衆によりこっそりと録音されて、数枚のみのCDに焼かれた何曲かのそのお歌、国王陛下や皇太子殿下が外遊なさる時は必ずお持ちになる極秘アイテムとして、内宮では超有名なプレミアグッズなのだとか。(う〜ん) そうまでの愛情に包まれて、それは健やかに育たれた王子様も、今年の五月で何と二十歳のお誕生日を迎えられるそうで、

  「この国は何か? 不老の血統だってのが直系の伝統だったりするのか?」

 そういやシャンクス国王陛下も、ルフィの上にエース皇太子殿下なんてな大きい息子さんがいるとは思えない、年齢不詳で十分通る若々しさでおいでだし。お気楽で苦労知らずだから老い知らずなのだなんて、随分と失礼なことを言う外国のプレス関係者もいるらしいが、
「それだけ強靭で強かで。自分に絶大な自信をお持ちの、大っきな心意気でおいでだからよ。」
 その双肩へと負っているものの、価値も重みも重々知っているし、何よりも愛している方々だから。国土も民も害させないし、自分の信念もそうそう簡単には折らせまいぞと。どんな重圧にも屈しない精神力やお心の若々しさが、様々な疲弊を撥ね除ける勢い余って、見栄えの若々しさをも齎していると。我がこと我が誇りのように胸を張る、麗しの書記官様が、窓辺へ飾るは初夏の花。自生のものには まだちと早い時期なれど、カーネーションにバラにトルコキキョウといった、1輪でも存在感のある華やかなクチが、温室にて満開なのだとかで、さっそく一抱えもあった花束を運ばせたのを丁寧に大きな花瓶へと生けながら、
「…で? ウソップの様子が変なのはどうしてなの?」
 何だか元気がなかったようだけどと訊くのへは、
「それが言わないんですよね。」
 点検明細か何かだろう書類への書きつけをしつつ、金髪痩躯の隋臣長が何とも解せぬと小首を傾げる。
「ルフィに言わせりゃ、ロビン様に呼び出されてから様子がおかしかったって話なんですが。」
 先日、唐突にお忍びでお運びになった、亡き王妃様のお妹ぎみ。何の先触れもなくのお越しではあったものの、屈託のない素振りのままにてルフィや他の皆々様とも親しげに接しておられ、少し早めになったけれどとルフィへのお誕生日のお祝いに、リモコン操作でお空まで飛ばして遊べる、先進の機能充実、手のひらサイズのマイクロヘリコプターを贈り物にと下さって。そんな彼女がお帰りになったのと入れ替わるみたいに、少々挙動がおかしくなってた王宮直属車両部の若きメカニック・エースさんみたいだよと、王子様が証言したらしかったのだが、
「でもま、今日は結構盛り返してましたから、心配は要らないみたいですけどね。」
 日も迫ってますからね、うだうだ言ってる場合じゃないですし。そんな風に納得している隋臣長さんとそうよねぇなんて相槌打ってる佑筆さんだってのを、
“……………。”
 せっかくの精悍なお顔をちょいと堅くし、微妙な…含むもの大有りなお顔で眺めてらした護衛官さんだってのは、ままともかくとして。(前話 参照・笑) もうそんな年におなりとはなと、緑頭の護衛官殿がしみじみと口にしたこと。我らがルフィ王子が、5月に入るとすぐにもお迎えになられる“お誕生日”こそ、彼らにしてみれば何よりも優先せねばならないほどの重大なものだから。日ごろは過ぎるほど用心深い彼らのはずが、瑣末な引っ掛かり程度はあっさりと“ま・いっか”で二の次へ追いやられるほどに、身も心も…ついでに物事の判断基準も、素早くも鮮やかに切り替えられており、
「王宮主催の祝宴へは、とうに運営委員会も立ち上がっているそうだから。来賓へのご連絡やら、様々な手配。当日の宴の進行に関してのあれやこれやなんてものへは、実務班の方々や、配膳部や賄い方の皆様にお任せすればいいのだけれど。」
 来賓を内外から多数招いての晩餐会や、国民の代表が集まりし園遊会などが催されたその後で。そういった堅苦しい式典とは別物の、内々のお祝い、最も身近な側近の方々からが集っての、言ってみりゃ“打ち上げ会”のようなパーティーをささやかに開くのが、その日の〆めとなる。それが毎年のお決まりだし、実を言うと、その席に至るまでがなかなかに窮屈な1日なもんだからか、ルフィ本人もそっちの方をこそ楽しみにしている傾向があったりし。
「まあ、あたしたちのやることってのも、随分と手慣れて来た部分があるから、さほど身構えるものなんてないのだけれど。」
 例えば。書記官殿は、さりげなく当日終盤と翌日の王子のスケジュールを調整し、少しくらいは夜更かししても外交の政務やお勉強に支障が出ないようにと取り計らうとか。車輛部のエース殿は、当日の宵まで国事に拘束される王子様を、解放されると共に掻っ攫い、時間も距離も最短にて翡翠宮へと連れ帰るための段取りを組み、最速の車をベストコンディションでチューニングしておくとか。
「サンジくんは今年のケーキのアイディア、もう固めたの?」
「さあ、どうですかね。」
 一見すると、ひょろっとした細身の、いかにも今時のイケメンに過ぎないが。センスのいいシャツの袖をスルリとまくれば、なかなか強かな筋骨をまとった、頼もしい腕がお出ましとなる曲者(くせもの)の隋臣長は。だが、その腕っ節をこれまでのずっと、王子様へ捧げるスィーツ製作のためだけに提供して来たという…
「十分 変わり者だよな。」
 結局は趣味どまりなのだろうに何とも無駄なことをしやがると。胡散臭そうなお顔になってた護衛官殿からの ぼそりとした一言へ、
「失敬だな。」
 こんの脳みそまで筋肉男がと、鋭い一言を押っ付け返し、
「何も戦ったり守ったりにだけ面目を果たすのが腕力じゃあないんだよ。生産性のある腕っ節だ、と言ってもらおうか。」
「悪かったな。破壊しか知らねぇ厄介な腕力でよ。」
 片や、これでも貴籍の生まれで、容量1升のフライパンより重たいものは持ったことがございません(それで十分です・笑)という、花の顔容
かんばせ シニョール・サンジと。対するもう片やは、砂漠の黒豹、大剣豪との勇名をほしいままにした、今世紀最強の傭兵であり、たった一人で一個師団並の破壊力を誇るという。このお話では方向音痴ではないらしい(余計なお世話だ・笑)特別護衛官ロロノア・ゾロという、現王宮の二大イケメンが火花を散らして睨み合ってしまうのが、
“王子様のお誕生日のお祝いって話題を巡ってだってのが、平和なものよねぇ♪”
 しょむない男どもよね、まったくと。くすくす笑ってしまうナミさんも、たいがい豪気なものだけど。
「ほらほら、お祝いの話で剣突き合ったりしないの。」
 綺麗に仕上がったお花を窓辺の卓へと据えながら、そんな縁起でもない顔なんかしないのよと、男どもを軽やかに窘めて。
「それでなくともあんまり日がないのだから。公務が増えるその上に、こっちのプランも進めようってからには、1分だって無駄にしちゃあダメってもんでしょ?」
 単なる挨拶代わりのような、いわば一種のスプレイ行為。そんな程度と判っていればこその、仲裁に入ったそのまんま。隋臣長さんへは、本宮執務室への提出物のバインダーを一抱えほど押っ付けて。護衛官さんへは自分の腕のシャープなデザインの時計をトントンと指先で示して見せて、王子様のお勉強がそろそろ終わるわよと告げることで。それぞれのお尻を叩いてやって。手のかかる連中をお見事にあしらって見せたのでありました。






            ◇



 さて、当日は。これもまた毎年の奇跡、この季節にここいらでは滅多にないほどの上天気に恵まれての朝を迎え。まずはのしきたりに則って、王家の先祖を祀りし廟へと参っての礼拝がある。日々の礼拝のためにと、王宮内にも分廟や祭壇はあるのだが、年に一度のご報告なのと、その行き来の道行きが国民への挨拶を兼ねたパレードもどきの扱いとなるものだから、どうあっても欠かせなくって。大通りをゆく天蓋なしの馬車へは、その両脇へと詰め掛けた皆様からの歓声が、そして家々の窓という窓からは紙吹雪や花吹雪がとめどなく贈られて。そんな注目の中を往復する王子様、ああやはり立派におなりだねぇ、けれどもまだまだ童顔で愛らしいことと、しばらくほどは皆様の茶のみ話をほのぼのと独り占めすることにもなるのだが。
(苦笑) それから王宮へと戻られると、まずは国民の代表を集めての園遊会に顔を出され、それからそれから、各国からお越しの来賓様がたをお迎えしての晩餐会が華々しくも幕を開け。どちらかというと外交の場も兼ねた色合いの、宴もたけなわになる辺り、翡翠宮でもこっちなりのバタバタが佳境に入る。
「そろそろ迎えに行くけど、ルフィ以外に預かってくるもんとかあるのか?」
 今年も自慢のマシンを仕上げた機械屋ウソップが、少し古めかしいデザインのゴーグルを頭に巻いて顔を出した広間には、
「おおお、こいつは凄げぇ。」
 赤ん坊と同じ大きさのそれかと見紛う、赤々としたイチゴが小山になった、そりゃあでっかいタルトケーキが大きな円卓の中央部に2つ並べられてあり、
「まだまだ。これは単なる脇侍だからな。」
 2つのケーキの間を、手のひらで幾つ分かと測ってたサンジが、ふっふっふっと不敵に笑う。
「主役はショートケーキ方形3段重ね。今年は最上段が新聞全紙サイズだ。」
 おおう、そりゃまたでっかい。
「…なんか、毎年デカくなってやしないか?」
 どこのギネスに挑戦ですかいと、いかにも呆れた顔になったウソップへ、
「何の、あいつはあれでも、自分の背丈と同じ高さのケーキを食い切った男だからな。」
 むんと調理師服のままで胸を張るサンジさんだったりし、
「あー、それは俺も聞いたことあんぞ。」
 あれは確か、6つだったか7つだったかの誕生日。どんなケーキが食べたいですかと毎年お誕生日前にリクエストを伺って来たサンジだったが、その年は王子が友好国へと寸前までご招待を受けていたので聞けなくて。そこで小さなコックさんはどうしたか。自分が思いつける限りのケーキやスィーツを片っ端から作ったそうな。
「サイズは今で言うプチタルトくらいのだったが、そんでも二百だか三百だか作り分けたっていうじゃないか。」
 この隋臣長さん、ルフィ王子とそんなにも年齢差がある訳ではないので、王子様が“6つだったか7つだったか”だということは、彼もそこへ2つ3つ足したくらいの年齢だったことになり。そんな年頃の男の子が、生まものなんだからそうそう作りおきも適わぬものを、それだけの数、一気に作ってしまえたなんて、
「いくら配膳部の名門の血統の御曹司でも、その年齢でそりゃあ素晴らしい快挙だって絶賛されたってな。」
 しかも。そうやって作って差し上げた中から、お好みのだけを召し上がっていただくつもりだったのが、
『凄っご〜いvv これ全部、サンジが作ったの?』
 感激した王子様、幾つかだけなんて選べないから全部食べると言って聞かずで。何と2日半でぺろりと平らげた、こちらも豪傑だったりしたそうで。
「…あいつの胃袋広げたのって、お前じゃねぇの?」
「失敬だな。」
 すかさず長い鼻の先へと生クリームをつける嫌がらせをし、
「なっ、何しやがるかなっ!」
 あ〜っ、手で取ったらその後、機械類を触れねぇじゃんかよと、ぎゃあぎゃあ騒ぎ立てるメカニックの天才さんを尻目に、さぁさ仕上げだよんと宮の奥向きの厨房へ引っ込んでしまった、こちらも料理の天才さん。
“…何やってんだか。”
 こんな場で繰り広げられた漫才もどきのやりとりへ、うぷぷと必死で笑いをこらえたナミさんだったが、
「…あらら? そういえば。」
 チョッパーが脚立に乗ってのモールの飾り付けをこなす室内に、もう一人ほどの人影がない。
「チョッパー、ゾロはどこ行ったの?」
 晩餐会の会場には、本宮の警備部の精鋭株、トップクラスの護衛官たちがびっしりと詰めているので、ルフィ専属とはいえど、命令系統がややこしくなるからと“お役御免”になってた彼の筈なのに。王宮内の医療センターを預かる若い留学医にお声をかければ、
「そういや俺も見てないなぁ。」
 金銀のモールの起こす静電気に、時々“どひゃっ”とビックリしながらの作業が、大きな体には似ないで何とも可愛らしかったので。
「ほら、そっちの端を貸しなさい。」
 静電気よけにはよく絞った濡れ布巾とかを手元に置いとくのよと、アドバイスしながらのお手伝い。
“あいつのことだから、まだプレゼントが決まってないのかもね。”
 毎年毎年、肝心の集中力をお座なりに出来ないから尚のこと、ぎりぎりまで粘って粘って思い悩む武道の人だってのを思い出し。それでいまだに決まらないのを、どうしようかと悩んでいるのかもなんて、想像してはやっぱりクススvvと笑ってるナミさんだったりして。
“ホンット。どいつもこいつもvv
 それぞれに自分の得意分野では凄腕なのにね。ルフィのおねだりに逆らえないサンジさんも含めて、なんて可愛らしい男衆たちなのやら。そんな面々が皆して、寄ってたかって甘やかしてりゃあ、ルフィがいつまで経っても子供っぽいのも仕方がないってもんだわと、ご自分は一切関わってないような言い方をしておいでの佑筆さんだったりするのだが。そんな彼女が用意したのは、


  ――― 皆で学ぼう東洋の神秘、
       七夕のお祈りがきっと叶うよ、短冊と笹飾りのウキウキセット、


 だったりするそうな。………ついつい神頼みしたくなるほど、そんなにも綺麗な字が書けるようになってほしいのだろうか。
(う〜んう〜ん)







            ◇



 さてとて。彼らなりの賑やかな騒ぎのままに、支度に追われている皆様をさておいて。
「………ゾロ。」
 砂漠とすぐ隣り合わせの国だのに、それは瑞々しくも若い緑が今年も梢にたわわに芽生えており。それが風に揺れてる音が立つと、まるでここからは遠いはずの海がすぐ間近にまで寄って来たかのようにも聞こえる。そんな潮騒が夜風に揉まれて騒ぐ中、来賓の皆様をお送りし終えた小さな王子の前へ、音もなく姿を見せたのが。今日は昼ごろ辺りから、その姿を見なくなってた背の高い護衛官殿であり。
「そっちはどう? 支度は進んでるの?」
 まだお着替えがあるのだけれど、それでも一通りの格式ばった行事は終わったとあって。気が抜けたらしい屈託のなさにて、ぱたぱたっと駆け寄りながら、気安い声をかけてくるルフィであり。
「今年はウソップ、どんな隠し芸やるのかな。」
 玩具みたいなマシンを作り、それを使っての手品もどきを披露してくれる。不発に終わってもそれ自体がギャグみたいで、毎年笑わせてくれるのを楽しみにしているルフィだと、それはゾロも知っていたが、
「…さあ。」
 俺も俺であちこちに応援にって呼ばれてたしと。だから見てはいないと短く応じ。それから、

  「ちょっと付き合え。」
  「え………?」

 一種の迎賓館のような建物の中の、中央のメインホールを取り巻く、広々としたロビーの一角。数多くの護衛官たちが、さりげなくも厳重に、それこそ顔見知りの仲間内でさえ何物かの変装だと思えとばかりに警戒していた筈の空間から。明々と隈なく照らされていた、そのどこに紛れたのかも判らぬままに、あっと言う間に王子が消えて。その、あっと言う間だけ呆気に取られた皆々様が、ハッと我に返ったときにはもう。影も形も無かったそうで。
「どうされたのだ、王子はっ!」
 だから特別護衛官のロロノア殿が、あのその、お連れになられたのではと。直接の実務についてる者ほど判っているのに、上司への報告だなんて…どんな風に言やいいものやら。いっそ“駆け落ちされました”とでも言ったろかいと、苦笑顔にて困ってしまった、皆様だったりしたそうです。





 お祝いの1日の締めくくりを、ややこしい駆け落ち騒ぎで落とす気か。そういうことを取り締まる立場のはずの護衛官殿、それもまた武道の型にあった手筈か、それは軽々と小さな王子様を腕の中へと抱え上げると、あっと言う間に…防弾ガラス張りになってたエントランスホールからの脱出に大成功しており。
「ゾロっ、俺、着替えてないぞ。」
 それにウソップが迎えに来るんじゃなかったか? 今年の段取りはこれでいいのかと。略奪された花嫁よろしく、お姫様抱っこされたまま。それにしてはなかなか喧しいお嫁様…もとえ王子様で、
「なあ、ゾロっ。」
 お返事してよとせっつけば、
「舌ぁ咬むから大人しくしてな。」
「………う、うん。」
 言い負かされた訳でなく。頬をくっつけてた懐ろ、胸板から直接響いて来たお声が、何とも深くてドキリとしたから。

  “うわぁ〜、凄げぇ〜〜〜。///////

 ただの一言が何とカッコいいのだろうかと。そのついでに、そんな彼の両腕
かいなへ抱え上げられてる自分の態勢へも思いが至って、頬がじわじわと熱くなる。今日は嬉しい1日で、でもでも何だか疲れもしていて。堅苦しい集まりがやっと終わったその途端、こんな格好で…お姫様みたいに攫われちゃったよ俺、と。ドキドキするやら、ちょっとだけ…嬉しいやら。風の音の中、どこをどう辿っているのかも判らないまま。そんなこと、もうどうでもいいやと周囲への注意も捨て置いて。頼もしい胸板へと頬を寄せれば、

  “………温ったかい。////////

 月夜の小径。さっきまでいた明るいホールと打って変わって、何にも見えなくて。でも不思議と不安はなくて。
“大きい手だよな。俺のなんか子供の手じゃんかよな。”
 そぉっと見上げたお顔がまた、真摯な緊張に引き締まってて。日頃、自分をからかったりする時の、にやけたお顔のお兄さんとは、到底同一人物には思えないほど。どこまで行くのかなと、暖かさの中、そのまま眠ってしまいそうになった頃合いに、
「…ふや?」
 やっと立ち止まった気配が伝わって来て。一体どこに着いたんだろうかと、顔を上げたルフィの視野に飛び込んで来たのは、

  「…わぁ〜っ。」

 それは例えるなら、撒き散らかされた星のかけらたち。傍らの木立ちやら、周辺の石作りの四阿(あずまや)から伸びた、何とも無気質な陰たちの作る闇だまりの漆黒が広がるばかりな石畳の広場だったはずが。見渡す限りの地面いっぱいと、恐らくは周辺の茂みの枝々へも飾られた鉱石たちがそれぞれに。青や緑の光を帯びて仄かに淡く光っている様が、それはそれは幻想的な風景を作り出している。見上げた夜空には月とやはり遠い星々があって。そんなお空と一対になった、なかなかにダイナミックな造形だったりし、
「蛍光石っていうんだと。」
 専門のカタカナ名前も教えられたが、忘れちまった。そんな風に説明してくれた護衛官さんは、そっとルフィを腕から降ろし、

  「この場かぎりのこんなもんで悪いけど、
   これが今年の、俺からの誕生日のプレゼントだよ。」

 ルフィから少しほど離れつつ、短く刈った髪を、照れ隠しにごしごしと掻いてるシルエットが見える。
「毎年毎年、詰まんねぇもんばっかで済まんな。」
 大概のものはネットで発注すれば取り寄せられる。何なら木工でも裁縫でもやってみて、手作りの何かという手もあろうに、いつもギリギリまで思いつけなくての ていたらく続き。こういう“風景”のプレゼントも、実を言うといつぞやのクリスマスに贈った覚えがあるので、言ってみれば“二番煎じ”であり、

   「思えば…最も縁がなかったことだから。それで苦手なんだろうな。」

 彼はどこか困ったように、それでいてそんな自分の不甲斐なさがいかにも辛そうに。申し訳ないと言って、口許だけで小さく笑って見せた。煌々と照る月から降りそそぐ光は、何に遮られることもなく手元まで届き。それだのに、その下に立つ彼
の人のお顔は、陰に没してよく見えなくて。
「…ぞろ。」
 呼べば間近に寄ってくれる。間近に寄れば少し見上げることとなる、自分よりも背の高いお兄さん。背丈だけじゃあなく、もっと沢山のことを、その眸でその耳で見聞きして来て、その身に染まして知ってる人で。そんな彼が、

  ――― 好きな人のお誕生日を覚えていること。
       おめでとうと祝うこと。贈り物を考えること。

 縁がなかったから苦手だと言う。自分には毎日のご挨拶の次くらいに得意なことなのに。歴史のお勉強よりも簡単なことなのに。欧州の国々の配置と首都をそりゃあ簡単に全部言える彼が、難しいのだと困ったように苦笑いする。
“…そうなんだ。”
 そんな人もいるのだと。ただの言葉面としてだけじゃあなくって…そういえば彼はそれどころではない環境下にずっといた人なのだと、今更ながらに思い出し、それで………。

  「ただ知ってるってだけじゃなくなった。」
  「あ?」

 何でもないよと、頑張って笑って見せた。精一杯の、初めての、意識した作り笑いは、でもあっさり、それとバレちゃって。そんな笑い方しやがって、何でもないわきゃなかろうがって。そんな風に言うくせに、じゃあ俺が何をどう思い知ったかってことは、言わなきゃ判らない矛盾した人。痛かったのを隠した訳じゃない、辛くて切なかった訳じゃないってこと、どうやったら判ってもらえるのかなぁ。
「………あんな? ゾロ。」
 あのね、俺、今とっても幸せなんだと。それを伝える一番の方法。あ、そうだと思いつき、そっとすがってた懐ろの中にて、上を向いたままでゆっくりと眸を瞑って。あの、あのね…? /////////


  ――― 空と地面の両方で、青く光ってた星たちしか知らないキスを、
       そぉっとそぉっと贈り合った、二人だったのでございますvv



       HAPPY BIRTHDAY!  TO LUFFY!!









  ◇ おまけ



 色んなところに足を運んだし、望めば大概のどんなことでも体験出来た。あんまり得意ではなかったけれど、文学のご本も結構読んだから、友情や誇りのために不利益なことでも我慢して飲む人がいるとか、大切な家族のためだったらどんなヤな奴にだって頭を下げられるし、銃を構えるどころか拳一つだって振り上げたことがない身でも、戦争に駆り出されもするっていうこと。そんな様々な機微とかいうもの、知識としてたくさん知ってたつもりでいたけれど。ああそうだよな、そういうもんだよなあ、判る判るなんて…判別は出来ても…ホントはね? 心から判ってなかったこともあるんだなって。

  『そうよ。そして、だから、
   本を沢山お読みなさい、対談をこなしなさいって、皆が勧めるのよ?』

 世界中の様々を全部体験するなんて無理な話だから、せめてと。それを補うために、本を読んだり色々な人のお話を聞いたりするのだし。逆に言えば、とっても大切なこととか、自分の体験したことを、感じてほしいとか風化させたくないからと。そのままであれ“お話”であれ、書いて描いて沢山の人に聞いてもらおう読んでもらおうって、それが執筆意欲となってる人もおいでなのだと。ナミにしみじみ言われて…それから。

  『で? そんな啓蒙をどこで拾って来たのかしら。』

 失敬だな。そこいらに落っこちてるものなんかよ。しかも、そういうもんとかなんだとか、何でもかんでも拾ってばっか来てる俺だってことか? あら、だって。これまでさんざん“本を読め読め”って言って来たのを、あなた、辛いお務めくらいにしか思ってなかったのでしょう? それがそんな、いきなり殊勝な言いようをするのだもの。

  「あたしたちの目を盗んでのどこかそこいらで、
   お手軽で解りやすい形のものを拾って来たとしか思えないってもんだわ。」

  「…ナミさん、それってやっぱり俺らが情けなくなります。」

 今朝方の今週のスケジュールの打ち合わせの場にて、人の話を相変わらず聞いてなかった王子様だったので。畏れ多くも“おいこら”と、バインダーの平らなところで ぱこんと軽く叩
はたいたら。お愛想代わりのいつものこと、何すんだよ〜っと怒ったり膨れたり…しなかったその上に、何やら唐突なことを感慨深げに言い出したルフィだったのだそうで。
「だってやっぱり癪じゃない。」
 勉強しろの本を読めのと いつも言ってたあたしたちのこと、口うるさい小姑くらいに思ってたに違いないのに。それがどういう含みのあったことかを、あんなにもあっさりと理解しちゃってる。大事なことなんだなって、しみじみと。
「ある日突然、それまで意味が解らなかったことが理解出来るってのはよくあることですよ?」
「だってだって。」
 丹精込めてた花壇のお花が、自分の気づかぬうちに咲いてたみたいな。ずっと暖めて見守ってたアイガモの卵が、ほんのわずかだけ席を外してた隙に孵
かえってたとか。何で自分が見ている前でじゃないのようと思う、あれと似た気持ちに襲われて、地団駄踏みたいナミさんであるらしい。
「ま、百聞は一見にしかずって言いますしね。」
 瑞々しい緑が、まさしく“したたるように”あふれている庭園を臨めるテラスにて。時折吹きくる潮風を、頬に襟元に感じつつ。目映い初夏の陽光を浴び、金の髪を冠のようにそれはそれは綺羅らかに輝かせている隋臣長さんがうんうんと感慨深げに頷いてみせたのは。あの腕白で落ち着きのないお元気だけが取り柄のような王子様が、そんな賢い発言をしたのが嬉しいからに違いなかろうけれど。
「…それ、例えがちょっと違うと思う。」
 どんなに口を酸っぱくして言い聞かせるよりも、範を見せた方が判りやすいって意味でしょう? ルフィにはふさわしい言い回しではあるけれど、今度のとはちょっと違うような気がすると。そうとすっぱり言ってから、
“………あ。”
 そっかと今更ながらに気がついたナミさんだ。ルフィがどこでそんな機知を拾ったのかが何となく分かってしまって。しかもそれが何だか癪に障るのは自分と同じ。でもでも、そうと認めるのはお傍衆のプライドが許さないもんだからか、それとも…憤懣やるかたなしと怒っている同僚さんを宥めている立場上か。同じように眉尻おっ立てる訳にもいかず、複雑な心持ちを持て余しての精一杯の空威張り。堪
こたえてなんかいるものですかと、片意地張っての言い分だったから。冷静知的な彼には珍しいことに、ちょいとばかり的が外れてしまったらしくって。そして、だということは。
“そっか。ゾロか…。”
 昨夜の宴へ、何故だか護衛官殿に連れられて翡翠宮まで戻って来たルフィであり。あの武骨な護衛官との何かしらの語らいの中で、教科書や先生やサンジあたりが事ある毎に言ってた、耳にタコだったアレってこれのことかぁと、学ぶというには大仰だけれど、気づいたことがあったということ。それをしみじみと思い出してたルフィだったらしいと。会話したその場にいなくともピンと来た隋臣長さんだった…ということな訳で。
“…まったくもうもう。”
 どいつもこいつも可愛いというか救い難いというか。さして捻られていないから、若しくはこっちも一筋縄じゃあいかないだけの蓄積があったりするものだから。奥が深いやら調子がいいやら、それぞれの思惑の微妙なところが読み取れるその端から、勝手にやってなさいと呆れるばかりだったりもするナミさんで。まま、罪のないことですんで大目に見て差し上げて。
(苦笑)




  〜Fine〜  06.5.14.〜5.15.


  *ああう、
   先のお話のロビンさんのご訪問をきちんと処理収拾してなかったよう。
   そんな自業自得のせいで、ちょこっと手間取ったお話になってしまいました。
   さああとは“天上の海”だけか?
   怪盗ゾロはそれこそややこしいから、パスしようかどうしようか………。

ご感想は こちらへvv**

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